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 アンデルセンの童話「野の白鳥」で、沈黙の誓いとともに編みあげたイラクサの帷子を白鳥たちに投げた後、エルザは叫ぶ。「私は魔女ではありません!」
 私の沈黙の誓いも果てた。「私は自業自得論者ではない!」叫ぶためだけに立てたささやかなブログ、十八禁。コメントいただける場合には、ローカルルール必読でお願いします。
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ヒトにそれを強いるかわり、それを勧めるのに欲望、それに報いるのに快楽を与える。

造物主は人間に生きるがために食べることを強いるかわり、それを勧めるのに食欲、それに報いるのに快楽を与える。

『美味礼賛』(byブリア・サバラン)
「人はなぜセックスをするの?」
 と聞いたら、
「子供をつくるため」
とこたえた人がいた。

 この答えには一面の真実があるのだろう。
 私が学生時代、フェミニズムとの出会いを果たしたことは、先の稿に書いた。ほぼ時期を同じくして、私はもう二つ、自分に強い影響を与えるものと出会っている。
 一つは、ドーキンズの『利己的な遺伝子』である。もう一つはデズモンド=モリスの著作であるが、内容についてはそのうち紹介することになると思う。
『利己的な遺伝子』は、生命を遺伝子の運び手として捕らえ、遺伝子にとって有利な方向に進化したと説く。遺伝子の増殖にとって選択肢は一つではない。たとえば大腸菌のように簡単で脆弱な「体」をもち、すごい勢い(約20分に一度)分裂増殖するという「戦略」もあれば、ホモ・サピエンス……「ヒト」のように複雑なかわりに、増殖に時間がかかる(成熟に約20年)システムを採用する「戦略」もある。
 「有性生殖」というのも、長い進化のなかで採用された「戦略」の一つにすぎない。遺伝情報を混ぜ合わせることによって、多様な個体を得る。そして、環境の変化に対応するのである。
 ヒトがセックスをやめたら、滅亡してしまう。そういう意味では、セックスは、ヒトという種と、ヒトがもつ遺伝子が存続するために「必要」である。
 生命の長い歴史において、雄はセックスの機会を獲得するためにさまざまな努力をした。雌雄選択の勝者となるために、他の雄と戦って勝つとか、雌の気をひく貢物をするとか、種にもよるし、ヒトでは個体によるだろう。
 が。ヒトという種において、一生のうち何度セックスをするのか。そして何度子供を作るのか。その数を引いた値はすべて「無駄」なのか?
「人はなぜセックスをするの?」
「子供をつくるため」
 その答えには一面の真実はあるにせよ、それがすべてではない。
 ヒトには、「発情期」というシステムがない。ヒトの成熟した雄には、動物の発情期/非発情期のように、明確に「性欲」を失う時期がない。ヒトの雌には、「排卵期」を雄に教えるものがほとんどない。
 最初に述べたように、ヒトは「複雑になる」という戦略の道を進んできた。代償に、子供が成熟するのに時間がかかるし、そのための「ケアのコスト」も多大なものになる。この負担を雌だけでは負いきれなくなった。雌は、セックスという対価を置くことによって、雄に餌を運んできてもらい、野獣や他の雄(自分の気に染まない、あんな雄の子供は産みたくないと思う雄)から守ってもらう、というシステムを採用した。これが「家庭」へと進化したのだろう。
 ただし、雄の遺伝子にとっては、多くの雌とセックスし、あちこちに多様な子供を得たほうが有利である。
 よく「男の浮気は“本能”」などと言う方があるが。正確には“本能”という言葉は、正しくないらしい。生物学などでいう“本能”の語は、厳密には、ビーバーの巣作り、カッコウの託卵、ミツバチのダンス、サケの遡上、クモの巣作りのように「誰にも教えてもらわなかったのに、やり方を知っている」ことに使うのだそうだ (wikipediaより)。誰かに教えてもらう前から、セックスのやり方を知っていたって方、どなたかあります? 少なくとも、私は知らなかった。
 しかし、ヒトにおいても、ホルモンやフェロモンや条件反射によって、「意思や理性を超えて欲望に囁きかける」何かがあるように思う。
 誤用というか拡大解釈であることを承知のうえで、このブログ内ではそれに“本能”の語をとりあえずあてる。もっといい語があるのをご存知の方があったら、教えてください。

 ところで。浮気は男の“本能”、レイプは“本能”の延長線上、という言い回しを使うと、たぶん「お前は浮気やレイプを肯定するのか」というお叱りがでてくる。(いままでの議論経験からはそうである)
 あらかじめ、書いておく。「私は、“本能”を“善”と言った覚えはない」。
 私は“本能”を善とはしない。悪ともしない。ただし、そこに、あると思う。

 ブログの1記事の分量としてはこんなもんかと思うので、ここで区切る。

次回以降の予定
・『蝶々の纏足』と『わが愛しき娘たちよ』
・レイプを分類する…レイプと「悪の自覚」
・個の欲望と、群れの掟
・私たちは、“本能”の知らない時代を生きている
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