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アンデルセンの童話「野の白鳥」で、沈黙の誓いとともに編みあげたイラクサの帷子を白鳥たちに投げた後、エルザは叫ぶ。「私は魔女ではありません!」
私の沈黙の誓いも果てた。「私は自業自得論者ではない!」叫ぶためだけに立てたささやかなブログ、十八禁。コメントいただける場合には、ローカルルール必読でお願いします。
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◇更新履歴◇
このブログについて (03/05) /経緯〜「自業自得論」 (03/05) /語り手の自己紹介 (03/06) /ヒトにそれを強いるかわり、それを勧めるのに欲望、それに報いるのに快楽を与える。 (03/08) /快楽を与え合う快楽〜山田詠美『蝶々の纏足』によせて (03/12) /《FC2》ブログの新機能、「パスワード記事」を試用してみることにした。 (03/17) /悲鳴という媚薬〜コニーウィリス『わが愛しき娘たちよ』 (03/17) /スパイウェア問題にせめてもの方策として (03/23) /個の欲望と、群れの掟……相反する“Natural”の調整 (03/23) /婚姻の晩餐 (04/03) /寄稿掲載 (04/10) /私たちは本能が知らない時代を生きている (04/14) /沈黙と18禁 (04/22) /更新は「とりあえず」完了です。 (05/24) /旧記事のコメントを非表示にしてあります。 (08/28) /
語り手の自己紹介
最近、いくつかのきっかけからsexualityの問題について再考する機会があったわけだが。
私の中では現在、複数の問題が錯綜している。からまった糸玉をほぐすには、どこかにナイフを入れてほどきはじめてみるしかない。どこから始めようか。
小説のほうの私をご存知の方のなかには、私が「フェミニズムSF」という分野のモノ(踊るアーティチョークのあれとか、子育てアンドロイドのあれとか)を書いていた時期があるのに気づいていらっしゃるかもしれない。
もともと、私はSF(サイエンスフィクション)のファンである。幼い頃から、リカちゃん人形より、サンダーバードのほうが好きだった。
母は、それを嫌った。
「もっと女らしく」「あなたは女の子なのだから」
SFの中の科学者たちに憧れ、サイエンティストになりたい、と言い出した私の夢は、母には唾棄すべきものであった。
「結婚して、子供を生んで、まっとうな人生を歩んでちょうだい」
母にとっては、それが唯一のまっとうな「女の人生」だったのだ。だが母の示す未来図はいささかも説得力をもたなかった。第一の理由は、母がわが子に自分が幸福であると見せられなかったことである。詳細は省くが、父のあれやこれに、
「男ってそういうものだから」
と諦めのため息をつくシーンしか思い出せない、と書けばだいたいの想像はつくだろう。しかも家の中は当時、嫁姑の問題で夜叉画の呈であった。
当時の母は、自分の趣味にあわないものに関して寛容になる余裕のない人間だった。舅姑とともに家にいて、外出もままならない身では仕方ないことかもしれない。私が大切にするもの、憧れるものを、ことごとく否定し軽蔑した。私の価値観を否定し、私が行きたい方向へ進もうとすることを阻止しようとする壁だった。当時の私は、母を憎んでいた。
「私は、結婚したくない。お母さんのような不幸な人生は歩まない。私は、結婚したくない。子供を生むなんてまっぴらごめん」
私は母になることを恐れた。なんせ、私自身の母は、自分の腹を痛めて生んだ娘に憎まれてやまない存在だったのだから。
私は母の望むお嬢様系の女子大を拒み、別の大学に進学した。
そして、そこでフェミニズムに出会った。それまで、「母の方向にはいきたくない」と、ぽっかりあいた残りの359度のまんなかで立ちすくんでいた私は、初めて、「こっちへ来ていいんだ」と呼んでくれる存在を得たのだ。
小説作法であれば、とんでもないネタバレだが。これは小説ではないので、最初に結末を書いてしまおう。私は現在も結婚していないが、母とは和解している。
「あなたみたいな生き方もあるってようやく思えるようになったわ」
母にそう言い渡されたのは、私が三十を越えて数年したときだった。
さて。今回、ちょっとした事情で自分のペン(?)が鈍って、
「この文章じゃ、まるで自業自得論者みたいだ」
と思ったときに、浮かんだのは学生時代のフェミニズムの師の、セカンドレイプ行為を厳しく批判する口調である。あの女(ひと)に直接の教えを受けたのに、こんなもんを書いてしまった、という痛みがあった。
遅ればせになってしまいはしたが、あらためて真意を記してゆきたい。
私の中では現在、複数の問題が錯綜している。からまった糸玉をほぐすには、どこかにナイフを入れてほどきはじめてみるしかない。どこから始めようか。
もともと、私はSF(サイエンスフィクション)のファンである。幼い頃から、リカちゃん人形より、サンダーバードのほうが好きだった。
母は、それを嫌った。
「もっと女らしく」「あなたは女の子なのだから」
SFの中の科学者たちに憧れ、サイエンティストになりたい、と言い出した私の夢は、母には唾棄すべきものであった。
「結婚して、子供を生んで、まっとうな人生を歩んでちょうだい」
母にとっては、それが唯一のまっとうな「女の人生」だったのだ。だが母の示す未来図はいささかも説得力をもたなかった。第一の理由は、母がわが子に自分が幸福であると見せられなかったことである。詳細は省くが、父のあれやこれに、
「男ってそういうものだから」
と諦めのため息をつくシーンしか思い出せない、と書けばだいたいの想像はつくだろう。しかも家の中は当時、嫁姑の問題で夜叉画の呈であった。
当時の母は、自分の趣味にあわないものに関して寛容になる余裕のない人間だった。舅姑とともに家にいて、外出もままならない身では仕方ないことかもしれない。私が大切にするもの、憧れるものを、ことごとく否定し軽蔑した。私の価値観を否定し、私が行きたい方向へ進もうとすることを阻止しようとする壁だった。当時の私は、母を憎んでいた。
「私は、結婚したくない。お母さんのような不幸な人生は歩まない。私は、結婚したくない。子供を生むなんてまっぴらごめん」
私は母になることを恐れた。なんせ、私自身の母は、自分の腹を痛めて生んだ娘に憎まれてやまない存在だったのだから。
私は母の望むお嬢様系の女子大を拒み、別の大学に進学した。
そして、そこでフェミニズムに出会った。それまで、「母の方向にはいきたくない」と、ぽっかりあいた残りの359度のまんなかで立ちすくんでいた私は、初めて、「こっちへ来ていいんだ」と呼んでくれる存在を得たのだ。
小説作法であれば、とんでもないネタバレだが。これは小説ではないので、最初に結末を書いてしまおう。私は現在も結婚していないが、母とは和解している。
「あなたみたいな生き方もあるってようやく思えるようになったわ」
母にそう言い渡されたのは、私が三十を越えて数年したときだった。
さて。今回、ちょっとした事情で自分のペン(?)が鈍って、
「この文章じゃ、まるで自業自得論者みたいだ」
と思ったときに、浮かんだのは学生時代のフェミニズムの師の、セカンドレイプ行為を厳しく批判する口調である。あの女(ひと)に直接の教えを受けたのに、こんなもんを書いてしまった、という痛みがあった。
遅ればせになってしまいはしたが、あらためて真意を記してゆきたい。

