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 アンデルセンの童話「野の白鳥」で、沈黙の誓いとともに編みあげたイラクサの帷子を白鳥たちに投げた後、エルザは叫ぶ。「私は魔女ではありません!」
 私の沈黙の誓いも果てた。「私は自業自得論者ではない!」叫ぶためだけに立てたささやかなブログ、十八禁。コメントいただける場合には、ローカルルール必読でお願いします。
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私たちは本能が知らない時代を生きている

 実をいうと。この章に書こうと思っていたことの9割は、すでに持統院氏が書いてくださっている。 ただ、細部のディテールは異なる部分もあるし、私なりに「せっかく準備した」感もあるので、やはりあらためて書いてみようと思う。


 左のグラフを見てみてほしい。これは統計学の基礎を学んだ人なら知っている、「正規分布曲線」のグラフである。赤が女性、青が男性。「重なり具合」は不正確だがカンベンしてほしい。

 たとえば、これがある年代の身長のグラフであるとしよう。左が低身長、右が高身長、上が人数である。女性aさんは、女性の平均値の身長である。仲間はたくさんいる(上方向、人数がたくさんいる)。女性bさんは、平均よりだいぶノッポで、仲間は少ない。
 男性cさんは、男性の平均値の身長である。仲間はたくさんいる。男性ceさんは平均よりかなり背が低い。男性dさんは平均よりかなり背が高い。
 女性bさんが、男性の平均より背が高いからといって、「女のくせに!」と言うのは言いがかりだ。女性をあらわす、なだらかな赤の曲線の一部にいるにすぎないのだから。同様に、男性eさんが女性の平均より背が低いからといって、「男のくせに!」と言ってもしょうがない。
 ここまでは「身長」の話。

 「身長」を「腕力」にすげかえても、ほぼ同じことがいえるだろう。男性の腕力の平均値は、女性の平均値より上。これは事実だ。それが事実だからといって、女性bさんが、男性cさんより腕力があることを否定することにはならない。

 有史以前、ヒトが生きることは、現在よりずっと大変だったはずだ。まず、(植物性、動物性を問わず)食物を集めるだけで、大仕事だった。病は、現在よりはるかに深刻な災厄だった。道具も機械も、医術も薬品も未発達だった。
 死は、いまよりはるかに「身近」なものとしてあった。乳幼児死亡率は高く、その分、女性の生涯出産数は今よりも多かったろう。(教育費がかかる、とかいう雑念もないですしねぃ) 妊娠と、乳飲み子を抱える期間、女たちは遠出ができない。一方、男のほうが(平均として)腕力が上である。剣と弓矢を扱うのに、女性より有利だった。
 狩猟と戦争が男の仕事、という男女分業は、いたしかたのないことだったのではあるまいか。
 だが。持統院氏がおっしゃるほど
「当時はレイプという感覚は今よりは薄かった」
かどうかは、私は疑わしいと思う。
 男たちが、狩猟に、戦争に、「家」を離れて遠征する間、パートナーである女たちを「味方の(村の、国の)男」たちが手にいれることを禁止しなければ、男たちは(村長に、王に)従わなかっただろう。必然として、「権力」はとりあえず「保守主義定義のレイプ」を禁じる方向へ進まざるを得なかったはずだ。味方の女性への手出しを「掟」で禁じる一方、敵の女性は戦利品ともなった。「がんばって戦わないと、お前の妻も娘も敵の戦利品になってしまうぞ」。それは兵士を戦わせるモチベーションとなりうる。人間は、「嫉妬するサル」だから。
 武器というテクノロジーが発達し、野獣たちが相対的に弱体化すると、命がけで戦う主な相手は人間へと移行したのではあるまいか。戦に命をかける男たちと、「守られる」存在としての女たち。その類型(ステロタイプ)が、「男尊女卑」の根底にあったのだろうと思う。

 当初の予定では、次に、こう述べるはずだった。
「だが。核爆弾は、戦争を茶番にかえてしまった。戦車と兵士が領土を占領しても、その地を奪われたくないという狂気にかられた支配者が核を落とせば、その地は焼き払われる。占領とは、軍事拠点であろうが人的資源であろうが産業であろうが、その地が機能することを前提としてなされるはずだが、その価値は一瞬にして灰燼に化すのだ。」

 この準備稿を某“自称”軍事オタク氏に見せたところ、数分で粉砕された(笑)

 彼の視点では、戦争は「茶番になった」とは言いがたい。
「戦争が激烈になりすぎて、男だけでまかないきれなくなったんですよ。民族が消滅させられるかどうかという、そこまで行き着きましたからね」
 と彼は言う。
「WW1でもWW2でも、女性は戦争に参加してます。フィンランドはソ連と戦ったとき、女性を大量に動員しました。彼女らはロッタと呼ばれ、前線正面では働かなかったけれど、警戒任務や対空任務、通信、輸送、補給などの後方任務をやってます。ロシアでは女性のエースパイロットもいますよ」
 そして、戦闘機は、前線を飛び越える。
「東京大爆撃だの重慶爆撃だのゲルニカだのドレスデン空襲だの、死んだのは後方の女子供ですよ」

 戦争についての視点(ビジョン)は違うけれど、結論は結局変わらない。テクノロジーは、男性と女性の「腕力」の差を埋め、男が守る前線を飛び越えて。男が守る、女が守られる、という構図を突き崩してきたのだ。

 かつては社会の多勢は「男尊女卑的価値観」と、「保守主義的レイプの定義」を受け入れた。だが今はコンセンサスは別の方向へ振れている。
 戦争において男が女を守る存在でなくなれば、戦争を根拠にしてきた「男性性」の価値は相対的に低下せざるをえない。……くれぐれも誤解しないでほしいのだが、これは男性個人の価値うんぬんの話ではない。あくまで、「男性は女性に対して特権をもつ(べきである)」という考え方の"根拠"としての「男性性」の話である。
 だが、テクノロジーによって「男性性」が切り下げられてきた時代は、あまりに短い。ホモサピンスとなって20万年、「本能」はそれより前の「種」から積み重ねられてきたものであろうけれど、その長さにくらべると、ほとんど「無」にも等しい薄皮。本能が変化するには、まったく足りない短い時間である。
 だが、かといって。根底が変わってしまったのに、変わらないふりで「本能」だけに従うこともできないだろう。
 それでも本能が後生大事だという男たちは、まず剣と弓矢限定で戦争を始めるべきだ。女たちは、16,7歳で結婚し、数年に一人ずつ子供を生み、半分以上を幼いうちに失わなければ計算があわない。そして両性とも、自分は50歳に満たずして死になさい(私信:ごめんよ、死になさい、って書いちゃったw)。女性を子産みと子育てへに最大注力させ、男性に狩猟と戦争を分担させた「本能」は、その算術にあわせチューンアップされてきたのだから。

 原始社会においては、衣食住、それぞれにかけるべき手間と時間は長く、明かりがなければ夜も長く、そして寿命は短かった。余暇としての時間は、今よりはるかに短かったろう。適性なぞを見ている暇はなかった。男はとりあえず狩猟と戦争のやりかたを仕込まれ、女はとりあえず植物を集める方法や機を織る技術を仕込まれた。
 だが、いま、私たちには時間がある。まず自分自身が何をしたいのか、パートナーが、娘が息子が、その人個人として、何に向き、何をしたいのか。「男だから」「女だから」ではなく、個人の適性と指向とを見極めるだけの時間があるはずだ。
 まして、性は。
 力づくでむさぼるより、絆をはぐくむだけの時間を、私たちは持っているのではないだろうか。



 ただし。
 もう一度最初のグラフに戻ってほしい。
 男性と女性の間で「平均」が異なるのは、腕力や身長だけではない。腕力に伴うものなのかもしれないが、いま、現実の数字として、「犯罪率」も男性のほうが高い。
 平均よりも「犯罪性」の高い個体「d」は、少数ではあるが実在する。集団から切り離されたミュータントではなく、集団のなかで、ある確率で存在するのだ。
 前のコメントに述べたとおり、「犯罪を犯す前から拘束することはできない」。
 私たちは、その存在をも、予測し、対処しなければならないのだと思う。



※教育の問題に触れることができませんでした。
「このブログを18禁にした理由」を軽く書こうかと思っているので、そこで触れたいと考えています。


※これまで書いた予告類のなかで、「デズモンド=モリスについて触れたい」という公約wが果たせていません。これは「イラクサ」ではなく表で書いたほうがいいかな、という気もしてます、考え中。

備忘メモ:
・デズモンド=モリス、「ふれあい、愛のコミュニケーション
・オキシトシン、バソプレシン、プレーリーハタネズミ、サンガクハタネズミ。
・双子研究、三歳児神話の終焉。

4/19:アルファベットが1つ違ってました。orz
取り消し線修正。
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