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 アンデルセンの童話「野の白鳥」で、沈黙の誓いとともに編みあげたイラクサの帷子を白鳥たちに投げた後、エルザは叫ぶ。「私は魔女ではありません!」
 私の沈黙の誓いも果てた。「私は自業自得論者ではない!」叫ぶためだけに立てたささやかなブログ、十八禁。コメントいただける場合には、ローカルルール必読でお願いします。
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婚姻の晩餐

 このブログを立ち上げた理由は一つではない。私が議論に参加しそびれた場が、複数あるからだが。
 そのうちの一つが、牛男氏の「「弱者叩き」の背景にあるもの」である。

 私は儒教についてはほとんど知らない。だからこのエントリは勉強になった。──のだが、別の意味でも興味深かった。
 というのは、この記事は、いわば男尊女卑を社会学/宗教的側面から読んでいる。牛男氏が、動物行動学的側面をどうお考えなのか、ぜひ伺ってみたいと思ってしまったのである。

 儒教は、中国の当時の社会の価値観を体系化したものであるかもしれないが、儒教とともに男尊女卑の価値観が生まれたというだったのではないだろう。キリスト教はユダヤ教徒社会から出たが、ユダヤ教は男尊女卑の宗教である。仏教はヒンドゥー教徒社会から出たが、ヒンドゥー教は男尊女卑の宗教である。古代ギリシャでも、男性のみに参政権があった。男尊女卑というのは、「古来」の価値観なのだ。

 では、ホモサピエンスという「種」は、いったい何時から男尊女卑なのだろう。一婦一夫制はいつからメジャーな制度となり、……いつからレイプがあるのだろうか。


 人間の祖先が火を使い始めたのが160万年ほど前だという。ホモ・サピエンスという種が確立したのが、参考書により数値が異なるが、15万年~40万年前らしい。

 霊長類仲間の研究は参考になるだろうか?
 ゴリラは、シルバーバックと呼ばれる「強い雄」が雌を独占する。あぶれた雄は雄同士で群れをつくり、雄同士のレイプも見られるという。また、あぶれ雄はときに雌の子を奪って殺す。雌は悲しむが、子を失うと発情し、自分の子を殺した雄を受け入れるらしい。
 オランウータンは、強い雄と弱い雄で「面変わり」する強い雄は独特の鳴き声を上げて雌を集め、弱い雄は小型ですばやく、雌を捕まえてレイプする。 
 チンパンジーはどうだろう。最近の遺伝子学的な研究によれば、ヒトとチンパンジーの差は、チンパンジーとゴリラの差より小さいという。
 チンパンジーもボノボ(ピグミーチンパンジー)も乱婚制で、特定のカップルはなく、多数雄と多数雌が交尾する。チンパンジーは近隣の群れと戦争をし、殺しあう。自分の群れの子を殺すこともある。
 ボノボは、同族殺しが観察されていない。同性同士、子供同士でも、コミュニケーションとして性的な行動をとり、陽気に快楽を分け合うのだそうだ。雄が雌に食べ物を与えて懐柔してからセックスする、売春行為(?)も見られるが、レイプはないらしい。

 人は、どのタイプに近いのだろう。
 
 多くの例外を抱えるとはいえ、人のメイティングの基本形態は単婚制であろうと言われている。

 一つの証左が、雌雄の体格差である。ハーレムをつくるゴリラは、雄が雌の2倍近くある。単婚制の動物は、雌雄の体格差が小さくなる。乱婚制のチンパンジーも体格差は小さいが、いわゆる「フリーセックスコミュニティ」で成功したものはないそうである。ヒトは嫉妬が強すぎるのだそうだ(これも出典は『やわらかな遺伝子』)。ヒトがもしもともと乱婚制の動物であったとしたら、もうちょっと上手くやれる気がする。

 「人間家族の進化:動物との比較から見えてくること」 によると、数百万年前の先祖である猿人の体格は、男性の身長が約1.7メートル、女性の身長は1メートル強だという概算があるらしい。これは現在の男女差よりかなり大きい。このことから、この時代の猿人は、ハーレム形式だったのではないかとする説がある。

 最近、このブログを書き始めた後に読んだ、マット・リドレーの『やわらかな遺伝子』という本で、私が目を瞠った実験がある。
 蛇を見たことのない子サルは、蛇に怯えない。「蛇を見て怯える大人サル」のビデオを見せると、蛇に怯えるようになる。ビデオから学習するのだ。ところが、「花を見て怯える大人サル」というビデオを作って見せても、花に怯えるようにはならなかったという。
 まだその機構は充分には明らかでないようだが、脳には、なんらかの「記憶を伝える」仕組みがあるらしい。
 私たちの脳も、生まれたときにすでに何かを覚えているのではあるまいか。
 前稿コメント欄(など)で、「ミュータント」という言葉が出た。私がこの言葉にどうもピンと来ないのは、(私にとって)この語が未来属性をもつからだ。今、新しく起こった変異であって、未来へと継がれていく可能性のあるもの。だが、嗜虐的なレイプは、未来属性のものとは思えない。むしろ、人類がまだ猿人であって、大型の(強い)雄が小型の(複数の)雌を独占していた時代の、遠い記憶が、現代のヒトの中にも何かの形で再現されることがあるのではないか。そんな空想もしてみるのである。

 さて。現代のホモサピエンスが単婚制が基本形態というなら、いったい、なにが原因で移行したのか。

 前に書いたとおり、骨格の化石はあるが行動の化石はない。物理的な部分でさえ、たとえば人はどうして体毛を失ったのかさえ、今も不明らしい。
 一時、私は海棲説に夢中になった。人類が(陸から海へ戻った鯨のように)水棲になりかけた時期があり、その際に体毛を失った、という説である。(エレイン・モーガン『人は海辺で進化した』)

 いかん、また脱線しかけている。話題をもとに戻そう。

 夫婦の始まりについて、『やわらかな遺伝子』に面白い仮説が載っていた。
 人の祖先は、約160万年以上前から火を使っていたという。火を調理に使うとなると、食物を集めてから、火のところまでもっていかなければならない。現在よりも男女差が大きかったので、女性が男性に食物を奪われるというシーンも多かったと思われる。そこで女性は、複数の女性で一人の「強い」男性を「共有」するより、自分だけを守ってくれる男性を選ぶようになった、というのである。
 もう一つ、興味深い事実を紹介している。
 約160万年前に用いられたアシュール型握斧という道具は、100万年の長きにわたってほとんど進化を見せずに50万年前まで使われていた。火打ち石や水晶を骨で叩き削って作ったもので、大きな獲物の解体に用いられたと考えられているのだが、実用的意味合いよりはるかに対称形に精緻に作られているのだそうだ。(ここまでは事実)
 これは、(石を削るだけの腕力をもつ)男の「価値」を示すものであり、女性の気をひくために形を整えたのではないか、という話を、『やわらかな遺伝子』は紹介している。(これはマレク・コーンの仮説)
 どうも、このあたりを読むと、SF者の血が騒ぐのである。
 『やわらかない遺伝子』は、男性は狩猟を、女性は植物系食品の採集を行ったとの説を記してはいるが、動物性の食品の「うまみ」であるイノシン酸と、植物性食品の「うまみ」であるグルタミン酸が、混合したときに「うまみ」を強く感じさせる、などということは併記していない(これは、食品学のほうでは常識である)
 つまり、「男たち」の取った動物性食品と、「女たち」の取った植物性食品を混ぜて調理したり、給食の時間にやらされた「三角食べ」のようにかわりばんこに食べる(口腔内調味という無粋な言葉が食品学にはある)ときに、「うまみ」は強く感じられるということ。「おいしく」感じるのだ。
 人類の始祖の最初の愛の贈り物が、「食べもの」と「包丁」だったのではないか、と想像してみることは、なんだか楽しい。人類の夫婦は、性と食の快楽をともにすることによって、「家族」の単位となったのではないのだろうか。


※この記事は、牛男氏に「反論」する意図はない。記事が「きっかけ」になった、というか、牛男氏が動物行動学的側面についてどうお考えか、聞いてみたくなったのは事実だが。。。あれだ、いわゆる「枕につかっちゃってる」という奴だ(笑) 
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