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 アンデルセンの童話「野の白鳥」で、沈黙の誓いとともに編みあげたイラクサの帷子を白鳥たちに投げた後、エルザは叫ぶ。「私は魔女ではありません!」
 私の沈黙の誓いも果てた。「私は自業自得論者ではない!」叫ぶためだけに立てたささやかなブログ、十八禁。コメントいただける場合には、ローカルルール必読でお願いします。
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現状、考えていること(まとめ)

元呟:ogi_fuji_npo/704218209335914498 / EXCELSTARjp/704576393703661568

140文字ずつ細切れに意見を言うことが、あまり得意ではないので。
 (1)これまでの私の主張をまとめたい、
 (2)これまでのTwitter発言で“言い漏らしたこと”を書いておきたい、
両面からブログの記事にする。

 本記事は、かなりの“下卑た語”を含む。また、性的に下劣な事項を扱う。
 これらに関してトラウマのある方は、読まないでいただきたい。

 私は女性だが、本稿では“女らしい言い回し”や“上品な言い換え”をあえて使わない。“お行儀のいいこと”より“きちんと伝わること”を優先する。

 また、本記事は@EXCELSTARjp氏のためのまとめなので、既存記事と重複する部分がある。数年の間に、意見がかわり、旧記事と矛盾する部分もある。

 @EXCELSTARjp氏との議論に際して。
 本記事は、私の側の考え方を提示し、「なぜ、@EXCELSTARjp氏の挙げる“根拠”で、adankadan1が説得できないか」をご理解いただくのが目的。
 私の側には@EXCELSTARjp氏を説得する気がないし、できるとも思っていない。その理由も後で述べる。

自己紹介

 いまさらだが、自己紹介をしておく。


2つのフェミニズム

 最初に、フェミニストと名乗った。
 日本ではフェミニズムというと、どうも上野千鶴子センセのイメージがつきまとう。だが、フェミニズムとは実は多様な思想だ。たとえば、リベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムは、いろいろな面で相反する。上野千鶴子センセは、ラディカル・フェミニズムだそうだ。“上野千鶴子 リベラル ラディカル”で検索して出てきた、この紹介記事はなかなか興味深い・→breathnoir2.jugem.jp/?eid=1919
 私自身は、リベラル・フェミニズムに近い。つまり、上記の記事のなかで、上野千鶴子から“敵”と言い渡されているクラスタに属する。

リベラル・フェミニズム

 wikipediaから、このあとの議論に必要な部分を拾う。
 私とリベラル・フェミニズムの共通点
 ・男性との同一性の平等を支持する
 →かなり支持
 ・現在の“リベラル”な社会慣行の漸進的改革に期待する
 →支持
 私とリベラル・フェミニズムの相違点
 ・私は“ポルノは規制すべき”派である。

対して、ラディカル・フェミニズム

 対して、ラディカル・フェミニズムのポルノグラフィ撲滅運動部分の解説を読んでみよう。
ラディカル・フェミニズム:ポルノ撲滅
→私:反対。撲滅(発禁)すべきとは考えない。
ラディカル・フェミニズム:出演女性に被害がある。
→私:ほぼ賛成。被害がある「ことがある」のは事実。AVへの出演強要などは許されるものではない。
ラディカル・フェミニズム:男性による性犯罪・ドメスティックバイオレンス・セクシャルハラスメントを助長する
→私:部分賛成。ポルノ全体ではなく、一部のポルノ(後述*)が、性犯罪・ドメスティックバイオレンス・セクシャルハラスメントを助長するのではないかと疑っている。
ラディカル・フェミニズム:ポルノの存在を社会的に容認することは女性蔑視を再生産する
→私:“存在”ではなく、一部のポルノの“女性蔑視の台詞”“行動”“ストーリー”などが女性蔑視を増進するのではないかと疑っている。

私は“何”を規制したいのか。

 私は、ラディカル・フェミニストと違って、“すべての”ポルノを規制すべきだとは考えていない。ポルノはたしかに人間の性を商品化するかもしれないが、モデルだって人間の容姿を、俳優は容姿や演技力を商品化する。“私が”感じている問題は、そこではない。
 私が、「これはどうにかしたほうがいいのでは」と思うのは、“一部のポルノ”だ。
 痴.漢/強.姦/ペドフィリアなどで、
・被害者が“快感を得る”描写。また、「快楽には勝てない」など一般化する台詞。
・「性欲だから仕方ない」など、加害を一般化・正当化する台詞。
・「いやよいやよも好きのうち」など、被害者の拒否を歪曲する台詞。
・加害者に処罰/報復がないストーリー。
 つまり、痴.漢/強.姦/ペドフィリアが「被害者はいやがってない」「加害は仕方ないし、処罰がない」とする内容のもの。いちいち説明するのは面倒なので、“性犯罪推奨系ポルノ”の語でまとめる。
(注:“ペドフィリアなどの被害者”とは、「性交の意味を理解していない」ことにつけこむ場合など)

規制といっても、発禁ではない。

 何度か繰り返したとおり、私は今現状の日本で、発禁を増やすべきだとは考えていない。発禁となれば、その作品は世の中に出てこないのだから、発禁指定の当否を第三者が検証することができなくなる。
 行うべき事と考えることの一つは、“ゾーニングの徹底”。ゾーニングはすでにあり、一部の“逃れ”作品を行政がR-18指定の側へ押し戻しているのが現状だろう。
 もう一つ、アイデアとして考えているのが、“タバコの健康警告表示なみの、「注意書き」”だ。

*ゾーニング
「東京都青少年の健全な育成に関する条例(2010年改正分)」の内容はゾーニングだったが、“規制反対派”と名乗る方たちは、反対だった。なので、“規制反対派”と名乗る方は、「ゾーニングも規制であり、規制はすべて反対する」のだと思っているが、EXCELSTARjp氏が違う場合は、(今後の議論に差し支えるので)教えていただきたい。

なぜ、私は“疑う”のか。

 私は、“犯罪推奨系ポルノ”に影響されて、性犯罪・女性蔑視・ドメスティックバイオレンス・セクシャルハラスメントを実行する人間がいるのではないかと疑っている。
 最初に書いたとおり、私は物語(フィクション)を読み、物語(フィクション)を書く。私自身は、物語(フィクション)から多くの影響を受けてきたと自覚しているし、たぶん、物語(フィクション)の力を信じている。そういう人間にとっては、“ポルノだけは例外だ、影響しない”という主張は、理解できない。
 と書くとナントナク格好つくのだが。中身としては、つまりこういうことだ。

@EXCELSTARjp:もっとも根本的な疑問があるのです。何故、フィクションが現実での行動の一因であると考えられているのか?という点です。
@adankadan1:他に思いあたらないから、です。性的被害者の側の「こんなことを思いつくなんて信じられない!どこでこんな酷い知識を得たんだろう!」と感じる。そしてエロ本の類を見て“納得”するんです「こう言うのを見たのね」。これは皮膚感覚、実感なので、覆すには強力な証拠がいる。その“証拠”を、まだ、どなたもくださらないのです^^。

 これは、理系的価値観から見るときわめてカッコワルイ、「私はこれまで提示されたデータを信じることができません」という自白である。

なぜ、私は“データを疑う”のか。

 規制反対派は、
・国別に見たときにポルノが手に入りにくい国の方が性犯罪件数が多く、
・日本でもエロ漫画が蔓延している現在より、漫画そのものが流行っていなかった60年代の方が青少年の犯罪件数が軒並み高い。
という“国別/時代別”データをよく挙げる。
 対して、実験では、暴力的ポルノが被験者男性の女性への攻撃を増すというデータが出ている。(例:大渕 憲一氏「暴力的ポルノグラフィー : 女性に対する暴力、強.姦傾向、強.姦神話、及び性的反応との関係」 PC閲覧時右上、論文表紙の写真をクリックすると全文読める)

 私は、どちらの結果も“全面的”には信じていない。

 最初に書いたとおり、私は、生物学の出身だ。
 生物学や医学の科学論文で「薬剤Aが××に関して効果がある」と断言するときには、“二重盲検”と“統計学的有意差”が求められる。「××」についてできるだけ近い2群の被験者に、薬剤Aとプラセボ(偽薬)を与える。与える者も与えられる者も、どちらが薬剤Aで、どちらがプラセボかは、わからないようにしなければならない(二重盲検)。結果は、数学的・統計学的に検定しなければならない。“偶然そうなる確率は1%以下”=“有意差1%”、“偶然そうなる確率は0.5%以下”=“有意差0.5%以下”という言い方をする。(有意差検定)
 上記のように単純化できない場合は、多数の要素のどれが結果に効いてくるか、複数の集団を多数の要素について比較し、これも統計学的に解析する。(多変量解析)
 生物学畑では、有意差検定や多変量解析は、非常によく使う手法であり、日常業務(ルーティン)だ。

 上に挙げた“国別/時代別”データについては、他の要素を含めて検定したものに行き当たったことがない。貧富の差、宗教の差、人口構成(若い世代が多いか少ないか)、警察の検挙率、刑罰が軽いか重いか、性犯罪の被害者からの届け出率が高いか低いか、結婚のしやすさ、その社会における婚外性交の許容度、売春の有無……。性犯罪率にかかわるだろうと考えられる要素は多数あり、それらを多様に考慮し、統計学的に処理し、そのなかでポルノの普及が性犯罪を抑制すると結論したデータでなければ、“私は”信じることができない。さらに、“私が”問題としている“性犯罪推奨系ポルノ”だけを分離したデータは、取得が困難だろう。
 私は、他要素を考慮していない“国別/時代別”データよりは、大渕氏が挙げるような実験データのほうが、信憑性ははるかに上だ、と考える人間だ。だが、ポルノの影響の実験で、“二重盲検”はありえるだろうか? 実験者の先入観は、実験方法のデザインに影響しないか? 被験者が実験の目的を予測することが、実験の結果に影響しないか? そこで私は、立ち止まってしまう。「この実験を“全面的に”信じられるか?」

 私は、両方のデータを睨み、信頼できない点を数えたあと結局、自分の皮膚感覚に立ち戻る。
 人は、物語(フィクション)の影響を受ける。ポルノだけが例外ということがありうるのだろうか?

 データがない以上(何年にも渡って、「ください」と言っているが、誰からも提示いただけない)、結論を断言する人というのは、皆そうなのではないのか。自分の感覚で結論を出す。自分“一人”(n=1)の感覚と、議論相手“一人”(n=1)の感覚なら、自分の感覚のほうを信じるのが、むしろ当然だ。あとは、そのことに自覚があるかないかの違いだけ。

暴力ゲームと、ポルノの違い

 暴力的なゲームに関しては、リアルの暴力に結びつかない、というデータはいくつかあるようだ。(2008,2016)
 暴力の場合、「リアルで殴れば、痛い」ということは、誰にでも解る。
 一方、セックスに関する間違った内容、たとえば「力づくのセックスこそが男らしい、女性は口でイヤと言っても快楽を得ているのだから心配するな」というメッセージに対して、知識不足の男性がそれを明白に間違いであると知るのは、それほど簡単ではないように思う。
 一つは、そういう作品では、あわせて「男と女は全く違う」というメッセージを刷り込んでくるから。「男である俺には解らないが、女はこれでいいのだろう」となるのではあるまいか。セックスのパートナーに聞いて「それは、イヤだ」と言われても。「イヤと言っても、快楽を得ている」という思い込んでいたら、その否定は打ち消されてしまうだろう。
 自分の思い込みと、パートナーの否定、どちらが正しいか、親や先生に聞くというわけにも、なかなか行かない。きちんと回答してくれる大人が近くにいればいいが、全ての子供にその機会があるとは、私には思えない。
 もう一つあるのは、いったんあるタイプのポルノに出会ってしまうと、同じタイプのポルノに出会い続けるのではないか、という疑いだ。紙媒体であれば、1冊の雑誌に同じタイプの作品が詰め込まれている。ネットであれば、開いた作品の下あたりには、似た作品が表示される。同じ(間違った)メッセージを、作者の違う複数の作品から繰り返し受け取った場合。「皆が言うのだから、そうなのだろう」となりはしないか?

男性の個体差と、女性との連続性

 上に、男性との同一性の平等を“かなり”支持する、と書いた。
 @EXCELSTARjp氏との議論では、@EXCELSTARjp氏は、「男性と女性は違う」「女性に男性のことはわからない」「だから(男性である)自分が、(女性である)adankdan1に、男性のことを教えてあげよう」というニュアンスを感じた。
 だが、私は、出産・月経にかかわる以外の性差を、“二つの分離した集団”ではなく、統計学の正規曲線に乗せて考えている。(グラフの重なり具合は、イメージ)
seikibunpu-1.png
 グラフの縦軸は、人数。青が男性、赤が女性。横軸は、男性の方が平均は高いが、高い女性は低い男性より高い何か。例えば、男女別の身長は、2つの正規曲線に乗ることが知られている。
 “性犯罪を犯そうとする衝動の強さ”も、このような、あるいは類似のグラフに乗りはしないだろうか。身長は、生得的/生理的に2つのグラフに分かれるが、“性犯罪の犯しやすさ”は、先天的/生理的男女差(Sex)による差異を、後天的/社会的男女差(Gender)がさらに押し広げているのだと思う。
 ある線を越えた者が、犯罪を実行してしまう。グラフに仮に点線を加えてみよう。この右の面積が、犯罪実行者の数に比例する、というイメージだ。男性の方が多い。だが女性もゼロではない。

 たとえば、このグラフの男性全員が、“性犯罪推奨系ポルノ”を読んだ場合(実際は読む人は読むが、読まない人は読まないだろう)、グラフは青から黄緑に変化するのではないか?
seikibunpu-2.png
 グラフはたぶん両側に太る。もともと性犯罪を嫌悪する人は、嫌悪感が増すかもしれない。だが、“性犯罪衝動”がある/強い人は、衝動が刺激されるのではないか。一線を越える=実行する人も増える。このグラフで、黄緑のグラフは青とわずかにしかズレていないように見えるが、点線から右の面積は約3倍に増えている。

 繰り返しておくが、私は、このグラフが正しいという根拠は持っていない。「私の持つイメージを読者に伝えるために図にすると、こういうことです」という説明として出している。「これは絶対違う」という根拠データがあるなら、ぜひソースを教えていただきたい。

 こういうグラフが頭のなかにある人間だから、平均くらいの人(図中の★)に、
「そんなポルノを読もうが読むまいが、俺は、犯罪なんて犯さない」
と主張されても、
「男性は皆、そうなのですね」
とは答えない。
「そうですか、貴方はそうなのでしょう、よかったですね」
と答えるのがせいぜいだ。

性犯罪者で、ポルノの刺激を一因とする例は実在する。

 性犯罪者が“全員”ポルノに刺激されて犯行に及ぶわけではないことは、考えるまでもないが。性犯罪者の“中には”ポルノの刺激による者もいる。以前に何かの記事で見たのだが、今回検索しても、記憶にある記事はヒットしなかった。かわりに見つけたのが、宮本賢被告柴山敏幸被告の事例だ。
 ただ、Twitterに書いたとおり、ポルノで自己処理(マスタベーション)して、犯罪に至らないで済んだ(ポルノが犯罪を減らす)ケースはカウントすることができない。
 自己処理(マスタベーション)が性犯罪を少なくする効果があるのは私にも理解できるが、その“用途”に“犯罪推奨系ポルノ”を擁護する人たちのことは、よく解らない。和姦の物語では、なぜダメなのか? 和姦ではダメ、強.姦のほうがイイ、というのなら。その価値観は、誰に刷り込まれたのか。実際にやってみた人は少ないはずだ。その価値観のルーツに、物語(フィクション)がありはしないのか?

問題は“性犯罪”だけなのだろうか。

 ここまでは、性犯罪を主な影響対象としてきたが。私は、“性犯罪推奨系ポルノ”が、
・性犯罪
・女性蔑視
・ドメスティックバイオレンス
・セクシャルハラスメント
などに影響すると考えている。問題は性犯罪だけではない。だが、性犯罪以外は、性犯罪以上に統計に表れにくく、データはとりにくい。
 例えば、ポルノ(ことに“性犯罪推奨系ポルノ”)の人口あたり発行数の、性生活の満足度への影響について調べたら、けっこう相関性が出るのではないかと疑っている。ネットをさらっと探せば、「男性(セックスパートナー)がAVの影響を受けている」と感じ、それに不満を感じている女性は、多いように見受けられる。(2013,2014)
 ただこれが、「とてもよくあること」なのか、犯罪までいかないが粗暴になる人たちがいて、その相手をした女性だけでもこれだけの数の声になる、ということなのかは、私にもわからない。

悪影響があると証明されるまで放置するのか

 上に書いたとおり、ポルノが悪影響があるという実験データも、ないととれる国別比較もある。どちらのデータも決定打を欠くなか、“ポルノが悪影響を及ぼしていると断言する人”はそれなりにいる。“悪影響はないとする人たち”は、何もせずに放置しようとする。
 悪影響が“ない”と言う人たちが現状を維持しようとする間に、“ある”とする人たちは積極的に動くから、たとえば先の国連勧告のように“製作や配布、所持などを犯罪として扱う”という結論に至ったりする。
 現状より改善し、かつ、データをも集めていく手段を取るほうが、放置の末に発禁となるより、いいのではないか? と私は思う。

思考実験:“タバコの健康警告表示なみの、「注意書き」”

 “性犯罪推奨系ポルノ”のなかには、「強.姦は犯罪です」といった表示があるものもあるらしいのだが。それはどの程度、読者の目に入るように書かれているのだろうか? ネットを探しても画像が見つけられないので、それほど大きくないのではないか? 「この物語はフィクションです」並みに小さく、ハシのほうに書かれているのではあるまいか?(これは修辞疑問ではなくて、本当に知らない)
 “タバコの健康警告表示なみの、「注意書き」”をしたら、どうだろう? 絶対に目に入るくらいの大きな文字で。中身もタバコの注意書きが「喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍」「喫煙者は心筋梗塞により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍」と、かなり具体的な記述をしているように、たとえば、強.姦の漫画には、「強.姦は犯罪。強.姦の検挙率は83%です。」(平成26年版犯罪白書)など具体的に想像しやすい形で、概念的なコピーではなく「事実」を載せる。
 “性犯罪推奨系ポルノ”を真似てしまうような“影響を受けやすい人”は、これらの表示の影響も受けるはずだ。一方、“事実ではない”と理解している人は今更“これは事実ではありません”と表示されたところで、なんとも思わないだろう。どちらの陣営にも、損がない。この表示の前後で、性犯罪の数を比較すれば、他の条件の近い、同じ社会のなかでデータがとれる。
 ただ、もし、この表示をすることで、漫画やAVの売り上げががくんと減るとしたら。それだけ多くの人が、“性犯罪推奨系ポルノ”をリアルだと願望していたという傍証になるのではあるまいか。

追記:

しばらく投稿しない間に、ブログが凍結されていた。メールで問い合わせたところ、メール回答はなく、ひっそりと凍結解除された。今回、投稿してみたところ、「強.姦(.なし)」がNGワードになっていた。旧記事からこの語を排除していないのに、凍結解除されたということは、運営に本ブログの趣旨をご理解いただけたということなのだと思う。感謝申し上げるとともに、本稿に「.」つきというセコい手段で、禁止語を使いつづけることについては、お詫びを申し上げたい。

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2016年03月

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